2023/06/13 18:45



ドイツ在住でエネルギー関連の専門家である西村健佑さんには、今年3月に出版したばかりの『今すぐ知りたい 日本の電力 明日はこっちだ』でも最終章に様々なヨーロッパの現実、そして未来像を教えていただきました。で、ますます「原発再稼働」を声高に主張する方々が多くなってきた昨今、よくある「原発ゼロのドイツだって実はフランスから原発由来の電力を使ってるんだ」というフレーズはどこまで本当か、是非とも西村さんに聞いてみたいと思いました。以下が信頼にたる事実になります。(いとうせいこう)


縦置きの太陽光パネル。ソーラーシェアリングの新しい形です。奥には風車も見えます。

「依存」ではなく「やりとり」

西村 「ドイツはフランスの原発から電気を買える」は色々な意味が考えられます。 文字通り、「日常の取引として」ドイツがフランスの原発から電気を買うことはいつでも可能です。市場を通してか相対契約で電気を買えます。一応独仏間の連系の容量を超えるのは望まれないとされていますが、実際には系統の容量を超えて大量に取引している時間もあります。
いとう なるほど。まず前提として、独仏間で電気のやりとりは可能、と。ただ、実際どう輸入しあってるかですよね。
西村 ここでいう取引にはもちろんドイツがフランスから買うだけでなく、フランスがドイツから買う分もあるので、「やりとり」という表現がまさにぴったりです。ですので、このうち一面を取り上げて「ドイツはフランスに依存している」と言う人がいますが、それを言うならフランスだってドイツに依存しているし、そういうのは「互恵関係」といって双方にメリットがあるから、別に片方がもう片方だけに依存しているわけではないです。
電気には瞬間的な過不足に対応する調整能力(調整力(⊿kW デルタキロワット)とも言います)や長期的な発電能力(kW)、発電または電力消費量(kWh)があります。今ここで話をしているのはkWhの話です。「少しでも輸入しているなら依存!」というのは「日本はタイ米を輸入しているから、日本はタイに米を依存している」というのと似たような話です。タイ米輸入量は日本の米消費量の7%だそうです(後述しますが、ドイツ国内の電力消費のうちのフランスからの電力輸入は2%以下です)。それでも「日本はタイの米に依存している!」とどうしても言いたい人には、でも日本米もタイに輸出している、とか、日本はタイ米がなくても米消費はなんとかなると言ってもなかなか通じません。
いとう そうですね(笑)。
西村 もちろん、こうした背景には常に「電気は同時同量が重要で、貯蔵できないので他の財とは違う」という事実もあります。しかし、全体としてドイツもフランスもお互いにやり取りしているという点では、こうした関係を指して「依存」という言葉はそぐわないでしょう。
同時同量は「大原則」であるためか、「欧州は電力グリッドが繋がっているので、ドイツの電力が足りない時は、フランスの原子力発電の電力が買えるという保険があります」という言説も聞かれます。これをいくつかの要素に分解すると
①ドイツが脱原発によって電力不足に陥る可能性がある → 調整力(⊿kW)、kW、kWhのどの話か切り分けられていないことも度々あり、それもこの議論の混乱の原因になりがちです
②ドイツは国際連系をブラックアウトの危機を回避するための最終手段として確保している → 国際連系は最後の保険である
③国際連系を通じて、危機的な状況では足りないぶんの電力をフランスから買える → フランスの原発が「保険」になっている
④なのでドイツはブラックアウトを回避できる
の、4つに分けられるとします。
 まずすごくシンプルに結論を言うと、2022年は「フランスの原発が実は保険にならない」ことがはっきりした年でした。
いとう どういうことですか?

南ドイツの原発を遠景で。原発の多くは地方に建てられています。

いざという時に保険にならなかった原発

西村 2022年はフランスの原発が半分しか稼働しておらず、フランス自体が電力をドイツなどから大量に輸入して(加えてフランスの節電も素晴らしいものでした)停電を回避した状況なので、フランスは原発が「まさにここ!いざという時!」に保険にならないどころか、ドイツの石炭や再エネとスペインのガス火力、ベルギーの原発などの電気を調達してしのいだんです。
いとう 言われていることと、まるで別なことが起きていた。
西村 「フランスの原発が正常化すれば」という意見もあるでしょうが、戦後最も危機的な状況で、鋼材の不正問題や、コロナや経年劣化などによる定期点検とメンテナンスの遅れで再稼働できない原子炉が多く出てしまい、エネルギー危機とほぼ無関係な要因(エネルギー危機と関連した要因としては賃上げストによる発電停止もあります)で、保険どころか足を引っ張ったのが原発ですから、「いざという時の保険にならなかった」のはまぎれもない事実です。
そして当然、2022年10月になされたドイツの脱原発を2023年4月とするという最終的な意思決定はこの「フランスが保険にならないどころか、取引でも物理でも純輸入国に陥った事態」をベースに決定されています。ただだからと言って、もちろんドイツの安定供給において「フランスの原発の貢献がゼロ」ということも言いません。
いとう お互いに、足りないことはある、と?

ドイツ最大の褐炭発電所。こちらも2030年に閉鎖するべく再エネ推進を進めています。

十分な発電容量を持つドイツ

西村 細かい話になりますが、多くの人が
①ドイツが脱原発によって電力不足に陥る可能性がある
を、まるで事実であるかのように捉えているのがまず誤解です。日常的な過不足の調整とブラックアウトは次元の違う問題です。それは「あ、今日ちょっとお塩の残りが少ないからコンビニ買いに行くか」と、「やば!うちの近所のスーパー全部お塩が売り切れで入荷未定になってお塩切らすわ!」を同じレベルで話しているようなものです。
いとう わかりやすい例えです(笑)。
西村 「お塩が残り少ないし、ウチには今は高級な天然塩しかないから、ちょっとスーパーまで安い塩を買いに行くか」という状態について話すのであれば、「ドイツがフランスに頼っている」と言っても誤解ではないでしょう。安定供給には経済性も含まれますので、そこは異論はありません。しかし、今ネットに広まっている言説はたぶん後者、「お塩を完全に切らす」し、「近所じゃ買えない!」という状況ですよね。つまり、ドイツはブラックアウト(広域停電)に陥るという話です(※) 。
実際のところ、ドイツが短期的にそうした状況に陥る可能性はとても低いです。ここで「ドイツは石炭を使う」という批判はいったん脇におくと、ドイツはそもそも発電容量を十分持っています。もう少し補足すると、原発をなくして短期的に石炭が増加することと、長期的に原発の減少分を再エネが賄い、石炭も同時に減らしていくという、短期と長期の話は分けて考える必要があります。ドイツは水力(揚水のぞく)、バイオマス、褐炭、石炭、石油、ガスの発電容量で90GW持っています。さらに石炭と褐炭、ガスの予備力が合計で約10GWあります。ちなみに、23年4月に停止した原発は4GWくらいでした。
〈※ブラックアウトは様々な要因で起こりうるので、絶対にブラックアウトが起きないという意味ではありません。ここでは脱原発によるkW、調整力、kWhの減少(と変動再エネ)を原因とするブラックアウトについて述べています。
いとう それは、使用する量と比べるとどのくらいですか?
西村 ドイツのピーク需要は80GW弱です。日本でも需給逼迫が話題になり、「予備率が3%を切る!」とか言われていますが、ドイツは予備率を15%以上確保していることになります。ですので、
①ドイツが脱原発(=4GWの喪失)によって電力不足(kW不足)に陥る可能性、は低いです。
たとえ「石炭を使って良いのか!」と批判されようと、日本で話題になる供給力不足のような状況が起きないように、ドイツは準備してきました。ですので、①の状況が起きないのは偶然ではありません。
いとう しっかり準備がされてきたんですね。
西村 加えて、
②ドイツはブラックアウトの危機を回避するための手段として国際連系を最終手段として確保している
ですが、ドイツはまず、①の国内で確保している容量があるので、国内で十分な対策をとっていると言えます。他方で、国際連系を安定供給の重要な手段として見ているのは事実です。それでも「ドイツ国内のすべてがダメになっても国際連系があるからOK」と考えているかというと、それは間違いです。たしかに日常的に積極的に使ってはいますが(これを頼っていると言えなくもないですが)、「保険」は国内で確保してある容量です。これは梶山さん(『明日はこっちだ』第1章登場の、みんな電力の電力部門統括役員)はよく分かると思います。だって、東電エリアの供給確保の最終手段が東北電力との連系かといえば、違うでしょう。役に立つのと「保険」になるかはまったく違うのです。
いとう 言われてみれば、そうですね。

アイスランド最大の地熱発電所。

たっかい電気を売るドイツ、買うフランス

西村 では、日常的にはどの程度外国の電力を使っているかというと、まずドイツの2022年の総発電量は545.3TWhで、総消費は517.2TWhでした。「原発はベースロード電源だ」という人もいるので、ドイツのベースロードを40GWとすると、ベースロード消費量はざっくり350TWh(40×24×365=350,400)でした。
ここからは取引結果ベースで話しますが(※) 、2022年、ドイツはグロス(輸入から輸出を差し引かない輸入の総量)で49.5TWhを輸入しました。ベースロードの14.1%、電力総消費の9.6%になります。ドイツが結果的に、輸出から輸入を差し引いたネットで輸出超過ということは年間を通じて見た場合に電気の在庫切れを起こさなかったということなので、去年のこの輸入はお塩の例えで言うと「あ、今日はうちには安い塩(再エネと原発)が少なくて、高い塩(石炭とガス)が多めだからこっちは使わずに、コンビニで安い塩(連系している隣国からの輸入)買っとくか」となったのが9.6%でした。
〈※取引結果で話す理由は例えば以下のコラムを参照ください。再エネの変動によって発生する計画外潮流ももちろんありますが、取引フローと物理フローの違いの原因としては第三国経由分などの他の理由のほうが大きいです。今回は取引フローと物理フローの違い、すなわち計画外潮流の話はメインではないので割愛し、取引フローについてのみ説明します。https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0371.html
いとう 少量の安い電力をお隣さんから買った、ある種経済的判断。
西村 このうち、フランスの原発というクリーンで安い電気の量はグロスで5.1TWh、ベースロードの1.45%でした。去年のような普段から高いガス火力の電気や石炭の電気までもがべらぼうに高い時期、お隣の安いはずの原発さんは生産工場が不調で電気をつくれず、電気を送ってくれなかったのです。逆にドイツはたっかい石炭と安い再エネが混ざった電気を、過去に例がないほどフランスに売りました(フランスはさらにたっかいお金を払っても欲しがったので)。
いとう 言われていることと、ほんと逆じゃん(笑)。
西村 最終的にはドイツはグロスで75.8TWhの輸出、ネットでは26.2TWhの純輸出でした。つまり、ドイツは容量kW、発電量kWhで見れば国内のものだけで乗り切れたのです。「これほど厳しい状況は過去にない」と言われる中で電力不足を起こさなかった努力が、多くの方に知られていないのは残念です。
もちろん将来脱石炭を実現していく過程でkWの問題は大きくなっていき、これは非常に厄介な問題です。ドイツは今後原発よりも大きな発電容量を持っている石炭・褐炭発電所を全廃していきます。そうすると石炭発電所の閉鎖で失われる容量(kW)を補うために新たな容量が必要です。しかしこの石炭発電所を置き換えるための、これまではガス火力、今後は水素などの別の発電所の新設が進んでいません。これは今後の大きな課題として立ちはだかりますが、まだ十分な解決策を持っていません。
ただ、ドイツが脱原発できたのは「フランスの原発があるから」というのは全体の僅かなパーツをことさら強調しており、さらに「フランスの原発という保険があるから」というのは不正確です。これらが役に立つのは事実ですが、それでもドイツの電力消費に占める量としてはしれているのです。

ドイツでもまだ珍しい地域熱用の太陽熱設備。ここでは夏場の給湯はこれだけで賄えます。

国際連系の実態

いとう 原発は、言われているほど大容量でもないんですね。
西村 ちなみにドイツとフランス間の連系容量で日常的に使えるのは4GWくらいです。ドイツのベースロードが40GW、ピークロードが80GWなので、電気が足りなくなる時(kWが急激に減少する=再エネが突然発電量を減らす)、フランスから提供してもらえる調整力(⊿kW)はベースロードの10%、ピークロードの5%に相当します。これでは「保険」にはなっていません。
もちろん、すべての国際連系をフル活用すればより大きな調整力を調達できますが、ピークロード時には国際連系が最終手段=保険としては不安なことはわかるでしょう。そのためにドイツは国内に10%以上の予備率を含む発電容量を確保しているのです。
 国際連系を日頃重用しているのは事実ですが、なくてはならないという意味で依存しているかといえば、それは違います。
③国際連系を通じて、危機的な状況では足りない分の電力をフランスから買える
 これについては、最初にお答えしましたが、安定した卸スーパーだと思っていたフランスが塩の在庫を切らして、むしろ「ドイツ、他の皆さん、お塩(電気)ください!」と言っていたわけで、「保険」にならなかったのが2022年でした。もちろんフランスの原発が正常化し、輸入できるようになることを期待していますが、それに頼るのは無理というのは今回痛感しました。また、そうでなくても危機的な状況でも決して安心できる量を買うことはできないとおわかりいただけるかと思います。
いとう 原発はちゃんとは動いてない。
西村 もう1つ忘れられがちですが、ドイツがフランスから電気を買えるのは、ドイツが払える値段よりも高値をつける競合がいない時です。例えば2022年はスイスとイタリアもさらに高値で電気を買っていたわけで、ドイツが競り負ければ電気は買えません。その意味でも国際連系が重要であることと、フランスの原発が保険になるかはまったく別の話です。
いとう それはそうですよね。 


太陽光とバイオガス。バイオガスはコジェネで余すところなく地産地消のエネルギーを使います。

西村 他に、「風力や太陽光発電は発電量管理ができないので、余ると最安値でEU諸国に電力を売る」、「夜中や風がない時はフランスの原子力の電気を高い値段で買う」というような解説もネットで散見されます。これももう少し深く見る必要があります。
ものを売り買いする原則で考えると確かに正しいのですが、ここではフランスの電気が日常的に足りていないためにドイツから(再エネであろうが石炭であろうが)電気を高い値段で買っているという現実が抜けています。ドイツのフランスに対する輸出入の年間平均価格で見ると、安く売って高く買った(輸出価格<輸入価格)のは直近18年間で4回でした。去年の危機的状況では輸出入の価格差は45ユーロと大きくなり、フランスにそれだけ高く買ってもらいました。対フランスで輸出価格が輸入価格を上回るのは、ざっくりいうとフランスのピーク電源として輸出しているためです。ピーク需要の電気をドイツから買うために値段が相対的に高くなります。おそらく、フランスは常に電気が十分にあるという誤解があります。フランスは原発重視のシステムが災いして、日頃はピークロード電源が不足気味でドイツからの輸入価格が総じて高いんです。
このように、ドイツとフランスは互恵関係にあり、ドイツは自国でもきちんと対応してきたので、ドイツはフランスの電力を輸入しているというのは事実ですが、そこからフランスの原子力がドイツの保険になっているという話には多少の論理の飛躍があります。
いとう なるほどー、よくわかりました。日本では現実と反対の噂レベルの情報が出回っているということも。また是非教えてください。よろしくお願いします!

(写真提供:西村健佑)


ベルリン市内に建てられた実証用プラスエネルギーハウス。試験的に人が住んでいましたが今はモデルハウスになっています。


大事な調整力の1つ、揚水発電の発電装置(水車)です。普段は水の中にあるので入れませんが、メンテナンス中なので見せてもらいました。

西村健佑:ベルリン自由大学環境政策研究所修士課程修了。その後、ベルリンの調査会社を経て、2017年独立。2021年にはUmwerlinを設立。エネルギーとデジタル化を中心に、地域の持続可能性を維持、向上する政策や取り組みに関する調査を行っている。成蹊学園サステナビリティ教育研究センターフェローなどとして、メディアでも定期的に情報発信を行っている。

——-関連トーク配信!——
「世界はどっちだ?ドイツから見える再生可能エネルギーの未来」
いとうせいこう×西村健佑×梶山喜規(進行:平井有太)
日時:2023年6月23日 14:00~15:30
視聴URL:
https://us02web.zoom.us/j/84522391131?pwd=QU1zVmRFSmJhTzcyQ2hEUVN3WXZadz09
西村さん、そして本の一番手として登場する梶山喜規さんも加わる貴重なトークイベントとなります!
ぜひお見逃しなく!!


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こうした「アフターサービス」記事も随時アップしていきますので、引き続きご注目ください!